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machikomum:

また大声で呼ばれたので駆けつけたら「段ボールに登れたから写真撮りなさいよ」とのこと

machikomum:

また大声で呼ばれたので駆けつけたら「段ボールに登れたから写真撮りなさいよ」とのこと

(lilicalolicaから)

ilovedotcat:

なごむさん?

ilovedotcat:

なごむさん?

(出典: og-angie)

趣味はひとつじゃないほうがいいですね。あまりオタクに走ってしまうのはいただけない、と思う。ひとつの趣味一本槍だと自分の世界に閉じこもってしまいがちになるからね。僕の周りにも少なからずいますが、そういう人は往々にしてオープンじゃない。他人と喜びを共有できるくらいの余裕をもっていてほしいですね。

(1)理由があるから音が変わるのを納得するのではなく、まず「音が変わる、違う」という事実を耳で確認することから始めよう
科学的探求は本来「事実の発見(Fact Finding)」から始まる。しかし近年のオーディオ界では、「音が変わる、違う」という事実から出発せずに、「らしき理由がある」ことがわかってから初めてその事実を認める、といういささか逆立ちした流れがずっと続いているように思えてならない。

デジタル、特にPCがらみのオーディオでは「データがすべてを決め、データさえビットパーフェクトに流れればすべてよし」というような、ソフトウェア環境しか見ずに、実装回路や機器を顧みない議論でかなり混乱していた時期もあり、またオーディオ人口も減少しユーザーの間の交流が減っていることからも、オーディオファンがご自分の耳にあまり自信を持てていない、という状況もあると思われる。

しかし、技術的バックグラウンドに依って立つものとは言え、本来、実際に耳で聴いてどうかのアートでもあるオーディオを理屈先行で整理しに行くのもおかしな話だと思う。

machikomum:

また大声で呼ばれたので駆けつけたら「段ボールに登れたから写真撮りなさいよ」とのこと

machikomum:

また大声で呼ばれたので駆けつけたら「段ボールに登れたから写真撮りなさいよ」とのこと

(lilicalolicaから)

(元記事: she-is-not-anyone (lilicalolicaから))

(元記事: cripto-grafia (lilicalolicaから))

ilovedotcat:

なごむさん?

ilovedotcat:

なごむさん?

(出典: og-angie)

ilovedotcat:

母子

ilovedotcat:

母子

(出典: natyvaz)

趣味はひとつじゃないほうがいいですね。あまりオタクに走ってしまうのはいただけない、と思う。ひとつの趣味一本槍だと自分の世界に閉じこもってしまいがちになるからね。僕の周りにも少なからずいますが、そういう人は往々にしてオープンじゃない。他人と喜びを共有できるくらいの余裕をもっていてほしいですね。

(1)理由があるから音が変わるのを納得するのではなく、まず「音が変わる、違う」という事実を耳で確認することから始めよう
科学的探求は本来「事実の発見(Fact Finding)」から始まる。しかし近年のオーディオ界では、「音が変わる、違う」という事実から出発せずに、「らしき理由がある」ことがわかってから初めてその事実を認める、といういささか逆立ちした流れがずっと続いているように思えてならない。

デジタル、特にPCがらみのオーディオでは「データがすべてを決め、データさえビットパーフェクトに流れればすべてよし」というような、ソフトウェア環境しか見ずに、実装回路や機器を顧みない議論でかなり混乱していた時期もあり、またオーディオ人口も減少しユーザーの間の交流が減っていることからも、オーディオファンがご自分の耳にあまり自信を持てていない、という状況もあると思われる。

しかし、技術的バックグラウンドに依って立つものとは言え、本来、実際に耳で聴いてどうかのアートでもあるオーディオを理屈先行で整理しに行くのもおかしな話だと思う。

"趣味はひとつじゃないほうがいいですね。あまりオタクに走ってしまうのはいただけない、と思う。ひとつの趣味一本槍だと自分の世界に閉じこもってしまいがちになるからね。僕の周りにも少なからずいますが、そういう人は往々にしてオープンじゃない。他人と喜びを共有できるくらいの余裕をもっていてほしいですね。"
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(1)理由があるから音が変わるのを納得するのではなく、まず「音が変わる、違う」という事実を耳で確認することから始めよう
科学的探求は本来「事実の発見(Fact Finding)」から始まる。しかし近年のオーディオ界では、「音が変わる、違う」という事実から出発せずに、「らしき理由がある」ことがわかってから初めてその事実を認める、といういささか逆立ちした流れがずっと続いているように思えてならない。

デジタル、特にPCがらみのオーディオでは「データがすべてを決め、データさえビットパーフェクトに流れればすべてよし」というような、ソフトウェア環境しか見ずに、実装回路や機器を顧みない議論でかなり混乱していた時期もあり、またオーディオ人口も減少しユーザーの間の交流が減っていることからも、オーディオファンがご自分の耳にあまり自信を持てていない、という状況もあると思われる。

しかし、技術的バックグラウンドに依って立つものとは言え、本来、実際に耳で聴いてどうかのアートでもあるオーディオを理屈先行で整理しに行くのもおかしな話だと思う。

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